悪夢の始まり(10/13)
 

 

 

――気づけば、@HOMEに近寄れないまま、一週間が経っていた。

 

 

ハセヲは何をするわけでもなく、ただフィールドを巡り歩いている。旅団のメンバーに出くわすリスク

 

も危惧したのだが、The Worldをやめることだけはできなかったのだ。自分の優柔不断さに嫌気が

 

さす。もともとレベルが低いため行ける場所は限られているのだが、一箇所に留まることは避け、

 

フィールドを巡ることでリスク軽減を図っていた。しかし、そのログの全てがあの男に筒抜けである

 

ことは知る由もない。

 

 

 

「・・・・・・見つけた」

 

モニターに見慣れたその愛おしい姿を発見すると、オーヴァンはこみ上げる笑みを押し殺した。

 

 

 

ハセヲはあらかたモンスターを倒すと、ふーっと息をつき、大樹に寄りかかった。ここは晴れの

 

フィールドだ。風に揺れる木漏れ日が心地いい。嫌なことを全部、忘れられそうな気にさえなる。

 

あれ以来、憔悴しきった心は僅かな癒しを世界に求めていた。例えそれが一時の幻であっても。

 

 

・・・ガサッ・・・

 

 

「・・・・・・・・・・あっ」

 

 

隣に現れた人物に気づき、驚愕する。なんであんたがここにいる。あんたには不要なエリアだろ。

 

おののくハセヲの心情を知ってか知らずか、オーヴァンは耳元で囁くように話しかけた。

 

 

「この間のお前はとても・・・」

 

 

――淫らだった――

 

 

「・・・・・・ひっ」

 

 

ハセヲは反射手に首をすぼめ、両手で耳を塞いでいた。体の震えが止まらない。怖い。この男が怖い。

 

こいつがすべてを黒く塗りつぶしていく。心を土足で踏みにじっていく。

 

 

「そんなお前を見て、志乃はどう思ったのだろうな?」

 

 

「本当の弟のように可愛がっていたのに」

 

 

「男に腰を振る淫乱だったとは。・・・幻滅だろうな」

 

 

耳を塞ぎ聞くまいとしても、甘く響くテノールの声は、頭に直接響いているのではないかというくらい

 

しっかりと聞こえていた。硬く閉じたまぶたの裏に映るのはあの日の苦悶に満ちた志乃の顔。負い

 

目からか、心がきりきりと締め付けられる。硬く閉じたはずの目からは涙がこぼれ落ちてきた。枯れ

 

るほど泣いたと思っていたのに、あぁ、まだこんなにも残っていたのか。嗚咽がこぼれそうになるの

 

をぐっと我慢する。必死に声を殺し、涙を隠そうとする姿はどこか扇情的でもあった。

 

「だが、関係を修復することはそう難しくない」

 

 

「・・・・・・え」

 

  

思わぬ男の一言に、ハセヲは涙でぐしゃぐしゃになったのもはばからず、顔を上げる。

 

「間違いは誰にだってある。あいつは大人だ。話せば分かってくれるさ」

 

「・・・・・本当?」 

 

すがるような声と濡れた瞳で復唱を求めてくる。あぁ、本当だと優しく頷いてみせる。先ほどまで絶望の

 

どん底だという顔をしていたのに、その答えだけで明るさを取り戻す。単純な子供だとほくそ笑む。

 

だからこそ、意地悪くからかいたくなるのだ。

 

 

「だが、お前が女だと知れば難しいだろう。あいつはあいつなりに、俺に好意をもっていたから」

 

 

「そうなれば、俺が口添えしても修復は無理だろ。女の嫉妬は怖いからな」

 

  

「・・・・・・そんな」

 

 

「バラされたくなかったら・・・わかるな?」

 

 

ハセヲはまた下を向いてしまう。ギリッと拳を強く握り、何かを噛み締めていたようだ。しばらくして、

 

震えるハセヲの頭がほんのわずかに上下に動いた。

 

 

 

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